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neo-education

個人的な「教育観」を伝えていきたいと思います。

001 もはや「人間の教師」の存在は不用なのか

教育
皆さん、お初です。
いろんなこと、特に「未来の教育」について書いてみたいと思います。
ご批判もあるかと思いますが、どうぞよしなに。
 
2000年代に入り、IT技術のおかげでoffice-workerの人的資産は不用と化しました。
大企業はリストラやM&Aのおかげで何とか利益を創出しましたが、
現在では、アベノミクスで結果的景気は好循環になっているでしょうが、
その間にも、大多数の若者の非正規労働者が産みだされ、
現在では、正規労働者への「ブラック業務」が日常茶飯事となっていいでしょう。
(労働裁判が後を絶ちませんが…)
 
現代の20代独身の若者は、結婚はおろか、
多額の奨学金を抱えてまで、将来が約束されていない進学することに嫌気がさしたこと。
何百社と渡り歩き疲労困ぱいするまで非生産的な就活を行うことへのむなしさを感じたこと。
ひいては「恋愛すること」までが「コスト=費用」と考えていること。
 
そこで、本人が介在する周囲との古きよき「人間ドラマ」など、
どこ吹く風?と感じるのは私だけでしょうか。
 
話題は変わって、いよいよ本格的に2020年のオリンピックに向けてさまざまな取り組みが
用意されていますが、なかでも「人工知能」(AI)による「新産業革命」が起きつつあります。
自動車の「自動運転システム」がその象徴的存在でしょう。
 
教育の世界においては、タブレット端末さえあれば、現行の教師は「もはや不用の存在」になるでしょう。
ディバイスにある問題集の答えを入力して、正解の「合否」を確認するだけで簡単に勉強できる。
しかも、学習者の好きな時間、好きな科目を本人のレベルに合わせて行える。
英語の発音の仕方についても、機械が判別し、正しいか否かを識別できる。
人工知能であれば、話題に関して「関連性の公理」(グライスの強調の原理から)に反しない限り、学習者の意図を外すことはまずあり得ません。
そのことを現場の教師たちは、全く意識していないのが現状なのです。
 
Google社をはじめとしたさまざまなアプリ会社が「翻訳アプリ」を制作することにやっきになっています。日本語から英語、英語から日本語は簡単なようで、文法、語彙、同音異義語などの条件が、場面や現場指示において、いささか変な訳語でかえってくることもありますが、
単文ではかなりの格率で正確に翻訳できようになりました。
 
ちなみに、日本語からタイ語などへの翻訳は、未だ完璧に完成していないのが現状です。
これは、双方の言語に精通した言語学者がいないし、それをプログラミングすること事態が大変な作業なのでしょう。
 
しかし、「人工知能」がますます発達すれば、わざわざ直接日本語からタイ語へ翻訳しなくても、日本語→英語→タイ語という具合に、意味を置き換えて、中間の英語の表示を省略するだけで簡単にアプリが開発できるでしょう。私が考えなくても、すでにそういった取り組みもなされていることでしょう。
 
話を戻しまして、
今までの教師たちの存在意義やそのスタイルは、集団生活においてクラスの秩序を保つためにしか役目をなさくなってきたと思わざるを得ません。
現在では、公立学校へ通う生徒のほとんどが低所得者層で、高所得者層の子どもたちは皆が私学へ通わせているのが実態。夫婦共に公立学校の教師をしている、あるいは共に公務員である、大企業に勤めているご子息の通っている学校を調べれば、答えは直ぐに出てくるでしょう。
 
では、「教育」とは一体何なのか。
元をたどれば、戦後に制定された教育基本法が施行されたのが1947年。
その主たる目的は「人格の完成」であり、学習理念においては「国民一人一人が、自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない」とされています。
 
現代において、教師たちの存在は必要かどうかなどは、一切この法律には記載がないんです。
ただし、「学校教育」においては「学校生活を営む上で必要な規律を重んずる」とされています。
 
つまり、「学校の教師たちに求められている現代の役割」とは何か。
学校内の集団生活の規律を維持するだけのものなんです。
 
あとは、学習面において「IT」や「タブレット」に任せればいいということでしょう。
入試にしたって、テストにしたって、お金があろうとなかろうと、
今やスマホやネットで調べれば「テスト勉強」すらできる時代になったのです。
 
もはや、「教師が人間である必要すらない時代」なんです。
(おおげさに表現すれば校内にALSOKの警備ロボットを配置すればそれで構わないかも…)
 
私が思うに、子どもたちにとっては「教師とは親よりウザい存在」にしか考えられませんが、皆さんはいかがお考えでしょうか。
 
2016/12/24