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neo-education

個人的な「教育観」を伝えていきたいと思います。

011 これが日本の「エリート」の実態なのか。

教育
日曜日に高校時代の同級生と担任教師が集まり、4年ぶりの食事会がありました。
 
私が卒業した高校は、地元の公立高校でしたが、約30年ほど前までは、
いわゆる「進学校」としても大変伝統ある高校でした。(今は知るか!)
(元内閣総理大臣・ノービル賞受賞者・金メダリストを輩出しているくらい…)
しかも、当時の中学校の成績評価は「相対評価」でしたから、
内申書の成績を9教科全てで「5」または「4」を取らなければ、
入学することが非常に困難でした。
現在の偏差値は「63」です。当時は「68」くらいでしょうか。
(そんなもの興味もねぇ!)
 
食事会では、クラスメートのみんなが私のことを心配してくれましたが、
私のプライベートは内心「大きなお世話」って感じでしで…。
(心配してくれるのは、ありがたいですが…病気の治療のことはドクターが決めることですし、自分の運命は自分で決めることでしょ!。)
 
私の「精神疾患」のこととか、「40歳無職での就活の方法」であるとか、
いくつかご助言をクラスメートからいただきましたが、
私からすれば、その全てが「世間の一般論」としてしか聞くことができませんでした。
「そんなの日経プラス10でも見てれば分かるって!」というお話しばかりです。
 
彼らは「働かなくても生きていける方法論」を知らないから…まあ仕方がありません。
 
女性陣のほとんどは、「パートタイムワーカー」でした。
まるで「ワーキングプア」状態。(企業の奴隷かよ?)
子どもの教育費のためとは言え、大変労働条件は厳しいようです。
 
子どもを産んでしまうと、基本民間は「即退社」です。
約1名、現役で職場復帰してましたけど、かなり環境は厳しいご様子。
エリート校卒の高い能力がある女性であっても、
未だに男性中心の社会ですから仕方がありません。
女性の政治家の一人や二人、クラスから出ると当時は思いましたが、
非常に残念なお話しです。
かつての女性のエリートたちがこれでは、
日本の世の中が変わるわけがありません。
 
ある女性は「公務員のあまったるい世界と民間はちがう」と、
私に対してぼやいていましたが、
それはもう20年以上前のお話でして、
そういう時代ではもうなくなっていることも知らないご様子。
 
それから、ステータスシンボルばかり追いかけていますが…。
ご子息の教育費以外にも、いろいろなものにかなりお金がかかるご様子。
まあ、若いウチしかできないこともありましょうから、
私が意見を言う立場にはありません。
逆に、私が美容室で多額の支払いをしていることを、
ある女性から「それは、だまされている!」と非難されましたが、
そんなこと言われる筋合いは全くございません。
各々が選んだ人生なのだから、いちいちどうしようもないことだ!。
 
私が住んでいる小さな町の田舎暮らしなら、
絶対に生活にかかる費用は、彼らの半分以下で済むはずなんですけど…。
 
それから「自分たちの子どもの教育にはこれから一体いくらかかるのか?」とか、
「私立高校や中学校の学力レベルは?」etc云々の話はともかくとして…。
 
日本の私学にしろ公立にしろ、
「学習指導要領」が約30年前(中曽根首相時代)と変わっていないことすら知らず、
子どもたちのやる気度「ゼロ」についても、「なぜそうなのか」を考えて話すことができない同級生。
 
それは、今の40代のエリートの親たちが、子どもたちから見て、
親自身が幸せそうに暮らしているように感じていないのを
40代の「エリート」すら知らないでいる。
子どものために、毎日あくせく親たちが働くと、
その子どもにとっては、非常にプレッシャーになるのです。
その原因は、彼らに「一貫した教育観」そのものが欠落しているからなのです。
 
ある男子は「せめて試験前くらい勉強しろ!、と自分の子どもには言いたいが、
それを言ってはいけないことも理解しているんだけど…」(お前は寅さん一家か?)
とぼやいていましたが、何を勉強し、何のために勉強しなければならないのか、
各々の人生哲学が全く感じられませんでした。
果たして、何のために、日曜日わざわざ集まったのか…。
65歳過ぎたお年寄りの「寄り合い」じゃあるまいし…。
本当に本当に残念でした。
何のために「エリート」だった彼らは、学生時代から勉強をしてきたのでしょうか。
「就職やお金のためだけ」なのでしょうか。
 
私が考えるに、
エリートだろうとお金持ちだろうと「人生哲学のない親」の子どもたちが、
真剣に勉強なんて果たしてするものなのでしょうか。(しないしない!)
 
幸いにも、子どもたちが通っている学校の人間関係(ステータスの共有維持)を
高く評価するしか、基準がないご様子です。
(KO幼稚舎がどうのこうの云々…)。
自分からしたら、それは「雲の上」の話ですが、
「人は地に足がついていなければ生きていけないのよ!」。(byシータ)
 
自分以外が、既に地元には住んでおらず、首都圏を中心に都会に住んでいます。
「本当にこの人達はかつて地元のエリートだったのか?」と思ってしまうような、
「ごくごく普通の家庭のサラリーマン風体」になってしまって、
「ああ、形にはまった人生しか送れなかったのか」と、
本当に残念でした。まあ、普通に幸せなんでしょうから、
他の家庭の幸せを壊す権利は、私にはございませんし、否定も肯定ももうしません。
 
でも、彼らの話を聞いていて、今日は自分にとって収穫が「ほぼゼロ」でしたから。
「とにかくリストラされないように、頑張ってね!」って心の中でつぶやくくらい…。
 
「これから体力も減退するだろうし、働く質や量も増えていくのにどうしたらいいのかしら」という声も…。
中高年女性の切実な悩みです。
在学中は、偉そうなことばかり言ってましたが…。(やっと現実を知ったのかって…)
 
もし、自分もあのまま某県庁の公務員をしていたとしたら、
「教育費やローンの心配」ばかりしていたのだろうか?…。(やれやれ…)
 
もしそうであったとしても、
私はきっと仕事以外は大好きなバスケットボールに夢中で、
何歳になろうと、仲間と楽しいバスケットボール人生を謳歌していたでしょう。
 
解決策としては、
親が真剣に何かをする姿を、
子どもたちにただ見せてあげられさえすれば良いわけでして、
わざわざ家庭サービスで海外旅行をしたりとか、
美味しい料理をレストランへ行って食べたりとかしないで、
まずは、母親が「手作り料理」を腹一杯食べさせて、愛情を沢山注いであげて、
子どもがすることをじっと見守ってあげられないものだろうか、と。
かつてのわが家のように…。
 
今、自分が親として、子どもたちには、法律的立場上何もしてあげられなくても、
子どもの教育に一切を関わっていなくても、遠くからちゃんと見守ることができます。
Facebookアメブロで子どもたちの様子が見られます。)
 
自分の遺伝子を引き継いだ息子たちが、
あんなに小さい体で熱心に野球をやっている。
しかも週末の土日は、ほぼ野球三昧。
幸せじゃないですか!。健康第一!。
私は、そう思ってます。
元気でたくましく育っている。
楽しそうに野球をしている。
そしてたくさんの仲間がいる。
私よりも幸せじゃないかな!、と思います。
「素晴らしい息子だちだ。本当に誇らしい!」。
 
「自分の息子が、なんと小学生の野球チームのキャプテンになったんだよ!」。
野球部出身の兄ですら小学生時代にできなかったことです。
あの小さくておとなしい自分の子どもが、です。
 
でも、そんな話はもったいなさ過ぎて、私は決して同級生たちの前では言いません。
本当に自分の子どもを誇らしく思いましたから。
学校の勉強以上に野球チームのキャプテンを務めた方がはるかに勉強になる。
しかもその野球をすること自体は、ほとんどお金はかかりません。
(アマチュアのスポーツ指導者のほとんどは、この国では報酬を得ていないのです。)
 
何で、もっと自分の子どもたちのことを親として褒めてあげられないのだろうか。
何で、自分たちの時代を基準にして、物事を考えてしまうのだろうか。
「勉強しろ」「勉強しろ」と。
自分の同級生とは言え、「子どもの学校の成績が良くない」とか、
親が子どもの悪口を言ってしまえば、
その子どもの人格までも下げてしまう結果になりはしないだろうか…。
(そりゃ、ただ親の躾(しつけ)が悪いだけじゃん!)
 
これは、日本人特有の「謙遜文化」ではなく、
もはや「病理」としか言いようがありません。
 
もう時代はとっくに変わっていて、
いわゆる「テスト勉強などくそくらえ!」と、
今の子どもたちは皆、そう思っている現状を、
世間はどうして理解してあげないのだろうか。
 
学校の教師に勉強を任せてしまえば、
それでいいと親たちは考えているみたいですが、
本当に、今日は驚愕(きょうがく)しました。
この国の若者には、もはや「未来」はないのかも知れません。
 
何かを真剣にやれば、エリートの彼らの子どもたちの方が、
私の子どもたちよりも絶対に能力は高いはずですが…。
ましてや、幸せをつかめるチャンスは大いにあるはず。
でも、その「やり方」を知らない。
「時代の泳ぎ方」を知らない。教えてあげられない。(親が忙しいから。)
ただ単に「教育」という名のサービスに高い対価を支払っているに過ぎません。
じゃあ、「親」としてどうするのか。
 
少なくとも、自分自身が楽しそうに生活をしていて、
自分の大きな夢(ロマン)を語ってあげて、
子どもに夢を沢山持たせてあげれば、それだけでいいのです。
 
私の父は、多額の借金と引き替えに沢山の夢を実現しました。
(かつては、漁師でした。)
本人は未だに「家族には迷惑をかけた」と言いますが、
でも父自身は、大変それを誇りに感じていますし、
本人も全く後悔はしていません。
母もそれを理解し、我々家族を一生懸命支えてきました。
思い出を大切にし、当時の仲間も今でも大切にする。
家族以上に…。私は本当に感謝しています。
 
私たち兄弟はそれなりに、「一生懸命生きる事の素晴らしさ」を両親から学び、
また、遊ぶときも真剣に考え工夫する知恵も、たくさん学びました。
(このブログをキーボードで叩いているだけで、「涙」が止まらないくらいです。)
 
「エリート」家族であっても、そうでなくても、今の教育に足りないもの。
皆さんでもう一度考え直してみて下さい。
 
ちなみに、私の小学校時代の「尊敬する人=当時のバスケコーチの先生」でした。
「将来の夢=子どもたちにバスケットボールを教える」でしたが、
夢はとっくに実現させてしまいましたので、
今は「新しい夢」の実現に向けて、毎日努力しています。
この国では完全に治癒しない「重度の精神疾患」と付き合いながら…。