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neo-education

個人的な「教育観」を伝えていきたいと思います。

012 横浜市教育委員会の「いじめ問題」の対処について

教育 政治
2011年の原発事故を受けて、「一時非難」のため被災地福島県民の皆様の生活基盤が、
地元から首都圏をはじめ、他府県へと環境が代わり、大変なことであったと誰もが推察できる中、
本来、同じ日本国民として福島県の皆様に対しては、
「思いやりの精神」で誰もが「おもてなし」の心でお迎えをすべきところ、
移転先の横浜市立の学校を始め、
NHKのアンケート調査では54件ものいわゆる「原発いじめ」が発覚しました。
この国の国民性の「質の低下」がこれでお分かりいただけたかと存じます。
 
同じ日本人として、私はニュースを聞いて大変情けないと感じました。
本当に恥ずかしい限りです。
国際的にも批判されるような、大変重大な「人権侵害事件」について、
いじめた生徒やその保護者だけでなく、
教育現場を司る教師や学校長、
管轄指導するべき教育委員会はいったいどういう体質をしているだろうか…。
そんな憤りを感じているのは、何も福島県民だけではないでしょう。
 
「賠償金をもらっているだろ!」と、(本当に現実のいじめはリアルに悲惨だ…)
福島の子どもたちに恐喝行為する少年たちの悲惨な心の根源はどこにあるのか。
皆さんはなぜだとお感じになりますか。
 
それは、首都圏に住んでいるほとんどの家庭の「家計」にゆとりが全くないのです。
経済的ゆとりのない家庭の子どもが精神的にゆとりがあるわけがありません。
 
主に都会で暮らす子どもたちが、いかに「金銭主義的」な教育環境と遊び方しか知らないのか。
お分かり頂けますでしょうか。
「二人目の子どもが産みたくても産めない」。都会の家庭の現実…。
そんな都会での生活の厳しさを、よく耳にします。
でも、保育園不足だけが、何も問題ではありません。
都会の「地域社会」に、協調性やゆとりが全くないのです。
 
それにいじめをした彼らの保護者たちが「収入に見合った生活」をしておらず、
贅沢三昧。
都会には沢山の「ゲームセンター」などの遊興施設があり、
一部の都会の教育現場やその周辺の環境は、既に「崩壊状態」であること。
高校生の約9割が、スマートフォンを持っているくらいですから…。
 
それから、教育委員会をはじめ、
学校現場で「いじめ」があると担任教師が認めてしまうと、
現場にとって対応が非常に厄介になるので、教師達の余計な仕事が増える。
多勢に無勢。
(もしかして現場の教師マニュアルに「いじめはない」と言うことになっていたりして…)
いったい、こいつら(横浜市の教師たち)は何なんでしょうか。
現場の傍観者を含め、私から見たら横浜市教育委員会の存在価値は、
まるで「無し」です。
これは、長年に渡って構築された「悪しき慣習」なのです。
今に始まった訳ではない。
少なくとも「高度経済成長期」頃からそう言う状態なのです。
横浜市立の教員のOBたちにも、
そのような「悪しき文化」を継承した責任が十分にあります。
 
まずは、横浜市の教育長を始め、教育委員会の役職全ての職員の減俸、
全ての教育委員の罷免、林横浜市長の減俸、
それを財源に被害家族に賠償すべきです。
 
特に横浜市や神奈川県の教育については、
現場の実態だけでなく、教育委員会のお役人様の体質も私は十分承知しております。
 
私には守秘義務がありますので、詳しくは申し上げられません。残念です。
私が安易に事実と違うことをここで書いてしまうと、
組織から「守秘義務違反」だとか「名誉毀損」だとかで訴えられてしまいます。
ここで仮に事実を書いたとしても、
「元公務員」という肩書きが法的に「正義」の邪魔をいたします。
 
こんなことが、かつてありました。
私が「大学」に通っていた20年以上前の話です。(これなら時効だ…)
当時、夜間の大学に通学してましたので、帰宅の電車はいつも夜の10時頃。
車内で、県立高校の教師達が、驚くような会話をしていました。
 
「○○高校でしょ?、あいつらバカじゃん!みんな本当にバカだよ!あははは!」
(by大声)
これが、教師達の本音です。
(おそらく「飲み会」の帰りだったのでしょうか…)
 
ある、横浜市立中学の元進路指導担当教諭も、
ある「有名芸能人」が卒業した県立高校を名指しして、
「あんな女優おバカよ!○○高校卒よ!」と平然と私の前でおっしゃるのですから…。
いくら「オフレコ」とは言え、「教育者」としていかがなものでしょうか。
それが、横浜市の教育現場の教師たちの体質そのものなのです。
「学歴偏重主義」「偏差値・内申書主義」がもたらす悲惨な教育現場、
とでも申し上げておきます。
 
これが、都会の公立学校の教師の体質なのです。
だから、我々国民も、そのような「志の低い」と申しましょうか、
「志のない教育者たち」に何もかも期待することはないのです。
あきらめた方がむしろ早い。
 
彼らは「内申書」を生徒たちに、ただ振りかざしているだけなのです。
 
「教科書問題」についても、
出版社が教科書の内容を書き換えようものなら、
現場教師たちが、その内容について新たに勉強しなければならないのですから、
「それが面倒くさい」という理由だけで、
30年前と同じ内容がいまだに存在するのです。
 
政治的な自由なディベートは、公立学校は教師も生徒も一切タブーの世界。
世界的に見ても、民主主義の国ではあり得ません。
 
憲法9条を守れ!」「日の丸反対!」とか、一部ですがまだつぶやいています。
「学問の自由」は、はてさて何処へやら…。
「給与を上げろ!」と彼らは叫びますが、
「いじめ反対!」や「子どもの人権を重視しろ!」と、
人事院勧告(11月頃)の時期に、
市庁舎や県庁前で叫んでいた教師達を見たことがない。
これが実態なのです。
 
ですから、今後の横浜市教育委員会の対処の仕方については、
何をどうこうしても、組織の体質はもう変わりませんから。
被害者家族、被害生徒の名誉回復に、是非皆さんご理解をしてください。
 
実は、私の家系のルーツも「福島県」にあることを、最近になって知りました。
当然、福島生まれではありませんし、福島育ちでもありません。
でも、それを誰かに話したら、私も「放射能で汚染された汚い人間」なのですか。
そういう事を述べる人間がもしいたとしたら、
その人間の心がある種の何か悪い物質に汚染されているに違いないはずです。
「まちがった教育者の悪しき価値観」という汚染物質に。
 
私からは、被災した福島県民の皆様のことは何も申し上げることができません。
国や電力会社の事故対応等についても、
個人的意見はここでは控えさせていただきます。
一日も早く、福島第一原発事故の処理が進むこと、
そして、この事故が教訓として我々が何を学ぶべきか、
今後も、考えていきたいと思います。
 
2017/3/9