読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

neo-education

個人的な「教育観」を伝えていきたいと思います。

013 冴えない40代〜50代

教育
人生において他人のことを「勝ち組」だの「負け組」だのと
区別や批判はしたくないが…。
 
人間は、他者と相対的に物事を比較してしまう傾向にある。
本人が全く気にしなければ、この国に生まれただけで、
ある偉い人曰く「世界的にも9割幸せなんだから…」と言っていた…。
 
しかし、冴えない40代〜50代前半のバブル期全盛の女性たちは、
絶えず何かと、又は誰かと比較して、「自分が勝っている!」もしくは、
「劣っている」と比較しながら一生を終えるのだろうか…と残念な気持ちになる。
そういった家庭に育った子どものことを思うと、
将来のこの国に対して「ある種の恐怖感」を覚えてしまう。
 
バブル期の世代は「自分の現在時点の境遇の不幸」(実力がないこと)を持ち出しては、
自分より年上だろうが年下だろうが「他者」を批判する傾向にある。
20代の後半頃から、経済が右肩下がりだと勘違いしているが、
全体的に見れば、経済の規模が人口動態と比較すると大きすぎるだけであって、
日本のGDPは、ゆるやかながら成長を続けているのが実体経済だ。
 
たしかに今の65歳〜75歳までの「勝ち逃げ組」を見る限り、
(年金受給開始年齢が60歳からの世代=「勝ち逃げ組」)
生活ぶりは、私たちとは雲泥の差でして。(彼らは「海外旅行」ブームで…。)
 
それをいちいち、自分の現在の悪い経済環境と比較して、
それに対して不満をもったことろで、
自分の人生において何も始まらないし、何も変わらない。
それをバブル期の女性たちは何も知らないでいる。
(他者に文句をいちいち言う女性が一人いる、はてさて困ったものだ…)
 
どこへ行っても、40〜50代前半の女性たちは、
「経済の奴隷」のように見えてしまい、
日々の生活に追われた存在。
とにかく理屈ばかりで多弁だし、他人の意見はまずもって聞かない傾向にある。
 
逆に「勝ち逃げ世代」の方が「経済的ゆとり」のためか「精神的にもゆとり」があり、
「話し相手」としてはとても「温厚」な存在である。
聞いていて、「社会人時代の経験豊富な方々ばかり」なだけに、大変面白い。
 
今のボランティア団体に関しては、お誘いいただいたのは定年後の元公務員の方で、
ある「英会話教室」で知り合ったが、自分の無職であることについて大変理解があり、
2年かけて、ようやくその方との信頼関係を築くことができた。
 
やはりそのような優しい人に対しては、
自分なりにきちんと「真摯な姿勢」で振る舞わないと、
いくら無職で暇だからとはいえ、
「ボランティア活動」へのお誘い自体はなかったであろう。
 
ちなみに、
日本語教師」になるためには(今更ながら…)
日本国内では、
1、大学の日本語学の専門コースを卒業する
2、420時間の日本語教師養成講座に通う(ヒューマン・アークアカデミーetc)
3、日本語教育能力検定に合格する(10月半ばの日曜日実施)
の3つのうち、どれか。
 
でも、実際のところ日本語を教えるにあたって、
1〜3は、本当は全く必要ない。(あるボランティアの高齢者が話してくれた。)
 
テキストがあれば十分で、あとは、生徒さんと如何に信頼関係を構築するか、
生徒さんの需要をきちんと満たすか、である。
 
現在、不法滞在の外国籍の人が多く、
在留資格制度」が大変厳しくなった。
日本人配偶者にならない限り、
「日本語能力検定」の合格が必要な条件ともなるだろう。
日本語を教える教師の側にとっては「古典」や「歴史」などの専門分野を除いて、
「誰だって日本語を教えられる」と自分は考えている。
 
難しい漢字を覚える必要はない。自分だって書けないんだから。
まずは「ひらがな」が読めるかどうか、が重要である。
 
ちなみに、家庭教師をしていた時期に、
ある私立高校の入学前の宿題にこんなドリルがあった
 
【問題】「らあめん」をカタカナで書きなさい。(答えはもちろん「ラーメン」)
(日本人の中卒のレベルもこのくらい、学力が落ちたのが実情なのか…)
 
本題に戻って、バブル期だったゆえに「育児放棄」や「家庭内暴力」も、
全国的な問題になっているとか…。
「やること」だけやって、子どもや育児が面倒になってしまう世代なのか…。
バブル期世代。本当に恐ろしい。
自分の人生の目標だった「公立高校の教師」にならなくて、
今振り返るとその方が良かったのかも知れない…。
最近そう感じている。
 
2017/3/16